台風と地震の災害を札幌で家族5人どのように過ごしていたのか?

台風21号倒木 オーナーのつぶやき

札幌って災害はないって思ってました。

 

今年は特に全国的に災害だらけ。大雨や洪水、台風に地震。ニュースで見ているときは「うわーこれはひどい・・・」と思いつつも「ひとごと」でした。なぜなら札幌は災害が少ない土地という印象が強すぎて、札幌に住んでいてよかったーーと思っていましたから。

 

きっと同じように思っている人は多くいたはず。私の周りでも安全だし過ごしやすいからと移住してきている人を何人も見かけていたから。

 

そんな安全な街、札幌。平成30年9月6日3時7分に大きな揺れとともに地震が起きました。

 

前日にはなんと台風被害もあり、連日の災害に驚いたのはいうまでもないです。

 

こちらではわが家の当時の状況を記載してます。

 

・前日の台風被害

・地震直後の状況

・停電から電気が復旧するまで

 

これらをまとめて書いてみました。こういう情報は役立たないことが一番だけど、災害時の実際の過ごし方を何かの時に振り返られるように、備忘録として残しておきます。

 

9月5日深夜に襲来した21号台風で停電

懐中電灯

滅多に札幌には台風はやってきません。北海道に上陸することがまずなかなかない。年に1回あればいいくらい。

 

そんな台風が北海道を直撃しました。

 

わが家はサロンを併設した3階建ての一軒家。ものすごい強風と豪雨の音。きっとマンションだったら違ったのかもしれませんが、風が家を揺らすのです。これ以上強くなったら家自体壊れるのではないか?そう思えるくらいの恐怖でした。

 

窓を打ち付ける雨の音が激しく、ベッドを窓際にしていた私たちは窓が割れたらどうしようとヒヤヒヤ。

 

娘はすごい家の揺れに目を覚まして、眠れなくなっていた。息子はそんな中でも爆睡で、すごいなって逆に思えた。

 

そんな中、夜中の2時ごろだったかな。突然ロボット掃除機が暗闇の中で動き出しました。これは元電源が切れるとそう動く仕組みなっているようで、この音で私は「停電した」と判断しました。

 

夫に伝えると「そんなバカな」と軽くあしらわれましたが、部屋の明かりがつかないことですぐに停電を実感。

 

明かりがない中、携帯のライトだけを頼りにいろいろ確認し、結果朝になってから動こうということに。

 

そして朝、わが家の懐中電灯などが、倉庫にあったため出そうと思ったら、電動シャッターのためまずそこを手動にしなくてはならない。そしてその手動にするためのボックスが高い位置にあるので脚立が必要。必要な脚立はなんと倉庫の中・・・

 

なんて凡ミス_:(´ཀ`」 ∠):

 

朝雨がやんで明るくなった頃、簡易のイスとテーブルを重ねて不安定に登り、手動に変換しました。

 

近所の公園の大木が台風の影響で倒れて、送電線を切ってしまったことが停電の原因のようでした。

 

台風21号倒木

 

写真ではわかりづらいけど、結構な大木。近所の住居には倒れずに本当に良かった。とはいえ、倒れてきていた向かいの保育園の園庭はどうなっていたんだろう・・・

 

これは復旧まで半日くらいかかるかな?と思っていたら、朝の7時過ぎに復旧。

この早さにびっくりしたのと、普段から備えておかなければいけないんだな、と思いました。

 

にもかかわらず・・・脚立と懐中電灯は倉庫から出しておかなければならないと、学んだはずなのに!!うっかり脚立をまたしまっちゃったんですよね、これすごく次の日に後悔しました。

 

だって翌日にまた停電になるなんて思ってなかったから!!

 

9月6日3時7分北海道胆振東部地震発生、なんとまた停電

地割れ

前日の台風のため、睡眠が少なかった私たちは、かなり早い段階で眠ることに。雷の光と音が何度も激し買ったけど睡魔には勝てず・・・

 

そして深夜、初めて感じる揺れの大きさに目が覚める、そして何もできず。

 

不思議なことに逃げるとか安全から身を守るとか全くできませんでした。

 

一緒に寝ていた子供たちが起きたので、抱き合って地震がしずまるのを待ちました。あ、ちなみに緊急アラームは地震の直後になってました。これじゃ何も準備できないよー。まぁきっとなったとしてもどうしようってなってたと思うけど。

 

その後すぐに停電したのがわかりましたが、前日の台風での停電があったのでそんなに焦ることなく、できることに取りかかりました。

 

・家の中はどこか壊れていないか確認

・ネットで地震情報の確認

・家族や友人知人の安否確認

 

停電にはなったけれどもインターネットはつながっていたので、そちらで情報収集、かなり大きい地震だったことがわかりました。

 

また停電のため電動シャッターを開けるのに外に出ました。

 

この時空を見上げたらものすごい満点の星空!!

 

前日の台風で雲が一掃されていた上に、停電で電気がないから小さな星までキラキラしてた!これはもう怪我の功名?!

 

その後スマホを持っている人にはLINEで安否確認。思った以上にみんな驚いてたけど元気で一安心。電話を持っていない実家の母は、近所だったので4時半過ぎに自転車で確認しに行きました。そして無事を確認。

 

ネットからの情報だと、停電が長引くかもしれないということもだんだんとわかってきました。

 

わが家は断水からはまぬがれたので、電気がない以外は普通に過ごせました。ガスボンベが心もとなかったけど、それでも普通に食事はできました。

 

なんでテレビ見れないの?と子供達に聞かれて「ほらつかないでしょ?電気がついてないとテレビも見れないんだよ」と伝えてなんとなく状況が理解できたみたい。

 

小学校は臨時休校。そんな中保育園から電話が来て、こんな中でも預かりはできると言われてほんとビックリした。もう頭上がりません、保育士さん、ほんとありがとう。

 

まぁ預けることはしませんでした、夫も自宅待機、私も動けずでしたので。

 

午前中に札幌全域で数時間後に断水する、というチェーンメールみたいなものも流れてきました。結果断水にはならなかったけど、備えることはできたのでよかったです。

 

9月6日昼頃、スマホの電波が怪しくなってくる。リロードに相当時間がかかるようになり、最終的にはつながらなくなった。

 

圏外((((;゚Д゚)))))))

 

さすがに孤立した感が半端なかった。

 

周りから聞こえるのは、交差点を整理している警察官の笛の音、パトカー・救急車・消防車どれかのサイレン、ヘリコプターの音と、家の前を通りかかる人の声だけ。

 

外界からの接触がなくなると人はどう行動するのか?観察してみた

外を歩く

調べたり、奔走したりすることがなくなってしまい、家で子供たちと遊んでました。

 

はじめのうちはそれでいいんだけどね、だんだん不安になってくる。そうなると人はどう動くのか?

 

外に出かけ始めるんだね。

 

外に出れば、何か情報が得られるのではないかと、動き始める。じっとしてられないらしい。

 

私は子供もいたし大人しく家にいたけど、夫も義母もちょっと出かけては近所の様子を確認しに行くという。実際同じような人が多くいたそうです。

 

すでにガソリンスタンドでは列をなしていたらしく、横入りする人がいたり、全然列になってなかったらしい。驚いたのは早く入れたいがために、店員にお金をつかませてすぐに入れさせろと言っている人がいたとか。

 

非常事態になると人の善悪が如実に現れるものなのだなぁと実感しました。

 

そうこうしているときに、夫がもしかしたら光回線の電源さえ取れればネットに繋がることができるのではないか?と言ってきた。停電しているのにどうやってつなげるの?と思ったら、なんと車から電源とろうと。

 

うちの回線のコンセント3階にあるんですよ。家中の延長コードをかき集めて、ひたすらつなげてつなげてつなげて・・・すごいね、届くものなんだね、車まで。

 

結果、夫の思惑通り回線復活!!回線が復活したことよりも夫の執念深さに驚きましたww

 

6日夕方に電気が復旧する

停電

ネットの情報やガラケーワンセグテレビから得た情報で、いつ電気が復旧するかわからないなーと思っていて、今日の夜ご飯はどうしようかなーと家族で話してました。

 

冷蔵庫に入っているお肉は食べちゃわないと痛むからそれにしよう、今日はガスボンベの心もとないから、炭をおこしてBBQにしよう。お米も飯ごうで炊こう。

 

案外悲壮感もなく平和でしたww

 

そんな話をしている最中。午後4時ごろ、突然電気復旧!!!

 

驚いたとともに、すぐにごはんを炊いて洗濯機を回しました。2日連続で停電を経験したのでまたいつ消えるかもしれないという不安から、優先順位の一番高いものから始めました。

 

今振り返ってみても、わが家は本当に恵まれていたと思う。たぶん札幌でも一番早かったのでは?と思うほどの速さで電気が復旧しました。

 

うちの前の道路挟んで向かい側は7日の朝方復旧してました。少し離れたご近所さんのところは7日の夜6時過ぎに復旧。

 

歩いて5分とかしか変わらない圏内で、これだけ復旧に差が出たことに驚いてます。

 

地震後約1週間たって現在

札幌街並み

私のいる地域はほとんど日常に戻ってきています。

 

物流に遅れはあるものの困るほどでもない。

スーパーは品物はないものも多いけど事足りる程度にものはある。

あれだけ並んでいたガソリンスタンドも解消している。

 

昨日は子供たちを学校と保育園に送り出し、サロンの準備や家の片付けに追われてた。

 

液状化で騒がれている清田区は隣の区だけど、豊平区は全然問題なく。

 

まだ避難所生活が続いている人たちもいる中、自分たちの置かれた状況にはほんと感謝しかないです。

 

いま私ができることといえば節電することですね。北海道全体が電気のある安定した生活を続けられるように、少しでも減らした生活を心がけていきます。

 

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